ラベル 教会 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 教会 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2007年3月12日月曜日

ヤドカリ?


隣町での

4年半に及ぶ

アパート暮らしを終えて

岐阜キリスト教会の

牧師館に

引っ越して

来た



ダンボールの山を書き分け

やっと 無線ランを設置

ネット環境も 整った



新しい出発

久々のブログに

今の心境



引っ越して来た

と言うよりも

帰って来た



あいさつ回りでも

「あら、しんちゃん!」

昔 よく遊びに来たっけ…



ここで育ち

23年

一度は 離れてから

12年



おじさんになって

妻と子を 伴って

この町と この家に

帰ってきた



懐かしいんだけど

それ以上に

何ともいえない

不思議な感覚



変わらない自分と

全く別人の自分

いつになったら

しっくり来るのか



しばらくは

子供のころに

身を潜めた貝に

再びもぐり込んだ

ヤドカリの心境か!?



なぜか

通いなれた

隣町のスーパーに

買い物へ



~~~聖書の言葉~~~

イエスご自身が、
「預言者は自分の故郷では尊ばれない。」と
証言しておられたからである。
ヨハネ4章44節

事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、
すなわち天の故郷にあこがれていたのです。
ヘブル11章16節



自分の経験をもって主に仕える



070224_1936~01[1]

今日は 寒かったぁ~


2006年4月16日日曜日

ヨシュアの如く


イースター礼拝の後

岐阜キリスト教会 主任牧師交代式が行われた

P1000188S

前任の 川村江弥(写真右)牧師夫妻は

40年以上にも渡り 岐阜教会を導いてきた

あたかも 預言者モーセが 40年もの間

イスラエルの民を導いたように



そのモーセは

カナンの地を目前にして

ピスガの頂で天に召されたが

先日 私達の教会では

私の母であり 教会の母でもある

故川村さち先生を 天へと見送ったばかり



悲しみにくれる イスラエルには

ヨシュアが 立てられ

悲しみにくれる 岐阜教会には

私たち夫婦が 立てられた



少しばかり 状況が似ているせいか

ヨシュアに対する 主のことばが胸にしみる

もしかしたらヨシュアも 不安だったのか… 



イースターから始まる 新たな一ページ

目の前には 越えるべきヨルダン川

残された父を 変わらず支え

若き我らを 導きたまえ



~~~聖書の言葉~~~

強くあれ。雄々しくあれ。
わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、
あなたは、この民に継がせなければならないからだ。
ヨシュア1章6節

私と私の家とは、主に仕える。
ヨシュア24章15節